Rassvet 歩行編

久々にお手入れする上でちょいと模様替え。読んだ本とか行った場所について買いてくつもりです。

下学上達の本棚:第20回「忘れられた日本人」宮本常一

「 ………

  しかし、わしはあんたのような物好きにあうのははじめてじゃ、八十にもなってのう、八十じじいの話をききたいというてやって来る人にあうとは思わだった。しかしのう、わしは八十年何もしておらん。人をだますことと、おなご(女)をかまう事ですぎてしまうた。

 かわいがったおなごの事ぐらいおぼえているだろうといいなさるか?かわいがったおなごか……。遠い昔の事じゃのう。」

(「土佐源氏宮本常一

 

 

忘れられた日本人 (岩波文庫)

忘れられた日本人 (岩波文庫)

 
忘れられた日本人 (ワイド版 岩波文庫)

忘れられた日本人 (ワイド版 岩波文庫)

 

 

 私は大学時代に民俗学を(一応)学んでおりまして、私の恩師はこの宮本常一の孫弟子にあたる人でした。ということは私も曾孫弟子の一人…まあそこまで行くともう完全に関係ないも同然ですが。

 

 この宮本常一という方は、日本全国を歩き回って、その土地土地で暮らすさまざまな人々に聞き書きを行い、日本の庶民がどのような生活を送ってきたのかを明らかにしてきました。

 民俗学というと、柳田国男遠野物語が有名ですね。そこから民俗学=妖怪学みたいな捉えられ方をすることが多いですが、実際には民衆の風俗習慣、生活の姿の全体を捉えようという学問民俗学です。

 柳田国男「なぜ農民は貧なりや」という問いをかかげました。明治のはじめ頃はサラリーマンや商人なんてほんの一握りですから、「農民=ほとんどの日本国民のこと」を指していました。

 貧しい日本国民たちが豊かに暮らすためには、どうすればよいか。まず、どのようにして今まで生活してきたかを明らかにして、それを踏まえた上で、これからどう生きるかを考えていくべきです。そういう学問として、民俗学が生まれました。

 

 その問題意識を強烈に受け継いだのが宮本常一でした。

 宮本は日本各地を歩いて歩いて歩きまくり、全国各地の土地と人を見、話を聞いて行きます。「宮本常一の歩いた場所に地図で赤い点をうって行けば、日本列島すべてが真っ赤になる」と言われたくらいです。

 そんな宮本は、弱者…老人や子どもや女性、世間から軽んじて見られてきた人々…に対する慈しみ、愛情のまなざしをもって日本を巡りました。そんな思いが結実している本が「忘れられた日本人」です。

 この本に描かれているのは、100年前には日本のどこにでもいたような、その辺の老人や女性、あるいは若者たちの姿です。歴史の教科書に載るような人物は誰もいませんが、かといって歴史の流れにまったく関係なく生きてるわけではなく、それぞれの人が、歴史の奔流の中で精一杯に生きてきた、その姿を描いています。

 

 とくに冒頭で引用した土佐源氏の章は、高知で出会った乞食の老爺から、ばくろうとして働いた日々の話や、女性遍歴を聞いたお話です。

 これはもともとは官能実話として雑誌に発表されたものでしたが、それをリライトして読みやすくしたものです。エロティックな部分はあるのですが、下劣ないやらしさはなく、男女の「さが」というものを慈しむ目線で描かれた名文です。

 

 また個人的には「世間師」の章が一番心に残ります。

 

 日本の村々をあるいて見ると、意外なほどその若い時代に、奔放な旅をした経験をもった者が多い。村人たちはあれは世間師だといっている。……今日のように口では論理的に自我を云々しつつ、私生活や私行の上ではむしろ類型的なものがつよく見られるのに比して、行動的にはむしろ強烈なものをもった人が年寄りたちの中に多い。これを今日の人々は頑固だと言って片付けている。

(「世間師(一)」宮本常一

 

 世間師とは、各地を広く見聞し、世間と人情をよく知って、その見識をもって周囲の役に立つ人のことを言います。

 実は私も、恥ずかしながらそういう世間師になりたいな、などと考えているのですが…人々の役に立てるような見識を身につけるというのは、難しいですね。まあとにかく、昔はそういう人たちが多かったそうです。

 そうした人々は歴史の陽があたる場所には現れず、世の中が見過ごした中で知恵を絞りながら懸命に生きてきました。

 激しい感動が巻き起こるような本ではありませんが、じわりと心にしみいるような本だと思います。

 自習室においてあるのは文庫本じゃなくてワイド新書なので、文字も大きくて読みやすいですよ。

 オススメです。