Rassvet 歩行編

久々にお手入れする上でちょいと模様替え。読んだ本とか行った場所について買いてくつもりです。

下学上達の本棚:第30回「マイナス50℃の世界」米原万里

マイナス二一度が暑い、なんて日本では考えられないことですね。でも十二月の平均気温がマイナス五〇度にもなるヤクートでは、本当にそう感じられるのです。

 ヤクートの東部、オイミャコン地区では、マイナス七一度を記録したことがあります。北極より寒いのです。
(「マイナス50℃の世界」米原万里
 
 ロシアに興味のある日本人なら誰しも一冊は読んだ事があるであろう、米原万里女史の著書。
 その中でも特にとっつきやすく、かつ「極寒のロシア」がいかなるものか良く分かるのがこの「マイナス50℃の世界」でしょう。

 

マイナス50℃の世界 (角川ソフィア文庫)
 

 

マイナス50℃の世界 (角川ソフィア文庫)

マイナス50℃の世界 (角川ソフィア文庫)

 

 

 米原万里さんはロシア語通訳者で、幼少の頃にはチェコプラハソビエト学校にて学んでいました。そのことから、ソ連・ロシアについての造詣が深く、さまざまな書籍を著しています。
 この本は1984〜85年にかけて、TBSのテレビ番組としてシベリア横断をしたときの、ソ連ヤクート共和国(現サハ共和国)の様子を描いたものです。
 まだロシアがソ連だったころのお話ですよ。
 「おろしや国酔夢譚」で有名な大黒屋光太夫の足跡をたどる、という番組で、200年前に光太夫が訪れたヤクートにやってきたテレビクルーと米原さんたち。世界で最も寒い場所に行くということで様々な防寒具を用意し、巨大冷凍庫の中で耐寒訓練を行ってきたのですが、実際に降り立ってみると、予想を遥かに越える寒さが待ち構えていました。
 まず、飛行機のドアが開かない。ガスバーナーを積んだ特殊車両がやってきて、バーナーで扉を直接あぶり、氷を溶かしてやっとドアが開きます。
 飛行機から出ると、鼻毛や鼻の中の水分が凍って、刺すような鋭い痛みがやってきます。呼吸の中の水分が凍るのです。眉毛とまつげの水分も凍って目からつららが下がってるような有様。
 薬瓶のプラスチック製のフタは開けようとしたらたちまち崩れて粉状になり、合成樹脂のカメラバッグはひび割れて使い物に成らなくなる。
 空港で待ち構えていたヤクート人ガイドは、その様子を見ながらにこやかに「みなさんは日本から暖かさを運んでくれましたね。マイナス39℃なんて、こんな暖かい日は久々です」と言う…
 永久凍土のヤクートでは、何もかもが凍る、マイナス50℃の世界が待っていました。
 
 しかしそんな寒い土地では、寒い土地ならではの過ごしやすさ、便利さというのがあるそうです。
 釣りをして釣れた魚はその辺に置いておくだけで天然の冷凍庫に凍らされ、それをナイフで削ぐだけで簡単なルイベに。
 また寒すぎて完全に乾燥しているので、いつも空気がカラリとしています。湿気の強い寒さは骨に沁みますが、乾燥した寒さは表面さえ暖かくすれば過ごしやすくなります(それでもここまで寒ければ地元民以外には関係ない話ですが)。
 ビルを立てる時は、50メートルもの巨大な杭を打ち、その穴に塩水を流し込むだけで、永久凍土の一部となった頑丈な土台が出来上がります。
 道路はコチンコチンに凍り付いていますが、スパイクタイヤやチェーンを巻いた車はありません。氷の上を走るのに危ないのでは?と思いますが、ところがここでは真冬にスリップすることはありえません。
 
 寒い→氷→すべる、これはわたしたち暖かい国に住む人間の連想だったのです。「寒いと氷はすべらない」。これがヤクート人の常識です。
 そういえば、理科の時間に習った事がありました。氷そのものがすべるのではなく、氷の上を動くもの(スケートなど)と氷のまさつで熱が生じ、その熱で氷の表面がとけて水のまくができるのです。
 この水のまくがすべる原因なのです。ところが、あまりにも寒いと、たかがまさつ熱では氷がとけません。だから水のまくもできないし、すべることもないというわけです。
(「マイナス50℃の世界」米原万里
 
 ロシア=寒いという漠然としたイメージをお持ちの方、本当の寒さとはどんなものかを知るのに最適な一冊です。
 オススメです!