Rassvet 歩行編

久々にお手入れする上でちょいと模様替え。読んだ本とか行った場所について買いてくつもりです。

下学上達の本棚:第23回「生涯最高の失敗」田中耕一

 要は、なにかおかしいと思う結果が出たときに、常識にとらわれてその結果を見逃さないこと、理論とちがった結果が出てきたときに、失敗した、実験が間違っていると決めつけないこと、それに尽きるのではないでしょうか。

(「生涯最高の失敗」田中耕一
 
 私はバリバリの文系ですが、できるだけ理系の物事も理解したいなと思い、自習室の本棚には理科系の本を出来るだけ置こうと思いました。残念ながらまだまだ数は少ないのですが。
 文系の人間が理科系の知識を得て行くときのとっかかりは、何と言っても人間だろうと思います。どんな人が、どんな風に、自然科学の真理を解き明かしたのか?その物語が、文系人間にとっての理科の突破口になるものと思います。
 そんなわけで科学者の自伝を置こうと、以前紹介した山中教授の他、田中耕一さんの自伝も買ってみました。それが「生涯最高の失敗」です。

 

生涯最高の失敗 (朝日選書)

生涯最高の失敗 (朝日選書)

 

 

 
 2002年、ノーベル賞を受賞した時の田中耕一さんを見た時、ほとんどの人は「ふつうのサラリーマンのおっさんだなあ」と思ったのではないでしょうか。なにせ当の本人が、自分をそう思ってたわけですし。
 田中耕一さんは島津製作所のエンジニアとして長年働いてきた技術者なので、仕事着は背広でも白衣でもなく作業着です。大学教授でないサラリーマン受賞者ということで、当時はすごく注目されました。
 しかし、田中さんの仕事の一体何がどう素晴らしく、ノーベル賞に値すると見なされたのか?自分もずっと良くわかってなかったのですが、多分ほとんどの日本人も分かってなかったのではないかと思います。
 田中さんたちが開発したのは質量分析装置」というもので、分子の重さを量る機械です。
 原子分子は中学校の理科でやりましたよね。原子と原子がくっついてるのが分子です。とうぜんメチャメチャ小さな物質なのですがそれにも重さはあります。しかし普通のモノのように重量計や天秤にのっけて計量したりということはできません。
 ではどうやってその重さを量るか?そこで利用されたのが「レーザー」です。重さを量りたい物質にすっごい高温のレーザーを一瞬だけ当てて、プラスなりマイナスなりの電気を帯びさせます。そうすると、その物質はさまざまな動き方をします。
 よくわかりにくいですが、この本の後半の対談ページで、作家の山根一眞さんがたとえ話として「ポップコーンがはじける感じ」と表現しています。
 
 山根 火にかざしてフライパンを揺すっていると、ポップコーンが熱でポンポンをはじけ出ます。
 ………トウモロコシの粒の、中身の白い部分と黄色い皮の部分は、重さがちがうから、はじけてバラバラになったときに飛ぶスピードがちがう。白い部分はゆっくり飛んで行くが、黄色い皮の部分は早く飛んで早く的にぶつかる。こういう感じかな。
 (「生涯最高の失敗」田中耕一
 
 その動き方や動く速さを計測する事で、重さを調べます。単純に軽ければ早く動き、遅ければ重く動きます。その情報をもとに、その物質がどのような物質かを調べるのです。
 
 田中耕一さんたちの偉業は、とくに「たんぱく質」をこのやり方で調べることが出来た、というところにあります。
 タンパク質と言えば肉とか牛乳のアレです。タンパク質は約十万種にもおよぶと言われ、細胞内で物質を運んだり、分解したり結びつけたりして、身体を作る材料となり、健康に欠かせないものです。
 だからタンパク質を調べれば、病気の原因や治療法は何かが分かるようになるかもしれないのです。どのタンパク質が身体の中でどう働いているかが解明されれば、生命の本質により近づくことが出来るのです。
 タンパク質は種類によって重さが異なるので(例外はありますが)、重ささえ分かればタンパク質の種類を特定することができます
 しかし、タンパク質は他の分子とちょっとちがいます。「高分子」と呼ばれるとっても大きな分子で、レーザーを当てるとすぐに壊れてしまうのです。これでは計量できません。そのため、「タンパク質の重さをレーザーで解析するのは不可能。他のやり方を探した方が良い」と言われていました。
 
 そこで田中さんたちのグループは、「タンパク質の分子に他の物質を混ぜてやれば、レーザー当てても壊れなくなるんじゃん?」と考えました。とくにレーザーを吸収しやすい金属微粉末と呼ばれる粉と混ぜてやれば…
 そう考えて実験の日々を送りますが、どうもうまくいきません。色々な種類の金属微粉末を用意しますがどれもダメ。そんな時、別々の実験に使うはずだったグリセリンとコバルトの微粉末を混ぜてしまいます。
 「アチャー!しまった!…でもこの粉末って高いし、捨てるのもったいないな。いいや、とりあえずこれも実験に使っちゃえ」
 と、MOTTAINAI精神で使ってみたところ、なんとこれによってタンパク質が壊れないままイオン化に成功したのです!
 思わぬ発見をさらに改良し、田中さんのグループはこれを「ソフトレーザー脱離法」として完成させました。これが、ノーベル物理学賞として認められる偉業だったのです。
 
 ところで、この本で繰り返し語られる問題意識の一つに「プレゼン」があります。
 自分の仕事の内容・成果について、人々に知ってもらう、ちゃんと説明できるようにならなくてはいけない。田中耕一さんの持ってる問題意識の一つです。
 田中さんは自分のようなエンジニアや研究者など、地道にコツコツとやる仕事をする人々が、格好悪いと思われる風潮、正当な評価がなされない環境、敬意を払われない状況は、理系人材の流出や枯渇につながるものという危機感を抱いています。
 そのためには、社会や組織が埋もれた技術や個人を見つけ出す努力をしなければならない。一方で、個人の側も、見つけ出される努力をしなければならない、と言います。
 その「見つけ出される努力」とは、自分の仕事・成果を説明できる、ということです。
 この問題意識は、山中教授とも通じていますね。大事なのは「プレゼン」をしっかりできるようにすることだと。この間の池上彰の本であった、「理系と文系の断絶をなんとかしよう」という話も同じでしょう。
 ただ田中耕一という人物やかれの業績についてだけでなく、現在の理科系技術者の問題意識に触れられる良い本です。実験についての説明ではかなり難しいところがありますが、一読の価値ありです。
 オススメです!

 

理科室から生まれたノーベル賞―田中耕一ものがたり (イワサキ・ライブラリー)

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ノーベル化学賞「田中耕一さん」の研究

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