Rassvet 歩行編

久々にお手入れする上でちょいと模様替え。読んだ本とか行った場所について買いてくつもりです。

下学上達の本棚:第34回「<映画の見方>がわかる本『2001年宇宙の旅』から『未知との遭遇』まで」町山智浩

「映画なんてどんな見方をしようとオレの勝手だ」

 そう言う人もいるでしょう。たしかにその通り。でも、映画や音楽や絵画は、人間が作るものである以上、作品の表面に直接は描かれない作者の意図、もしくは作品の背景が必ず存在するのです。
(「<映画の見方>がわかる本『2001年宇宙の旅』から『未知との遭遇』まで」町山智浩

 

 

 
 この本を最初に読んだのは大学生の頃でした。
 それまで映画というとアクション物かアニメくらいしか見ず、せいぜい大学の授業で興味を持ってドキュメンタリー映画を見始めてたくらい。しかしこの本を読んで、ニューシネマと呼ばれる一連の映画を見だして、その文脈上にある過去の名作や最近の映画も見るようになりました。
 それらの作品には派手なアクションやスカっとするような爆発シーンは少なく、それどころか主人公は最後死ぬし、悪い奴は逃げ切るし、ヒロインとは結ばれないし、今まで見てきた映画やなんやとは全く違うものでした。
 しかし、それでも心掴んで離さない作品だったのは、それらがただ架空の出来事を描いているのではなく、現実の自分に引きつけるような何かリアリティがあったからです。
 
 なんでこのキャラはこんなことをするのか、この場面はどういう意味なのか…どうしてこの作品はこんなに胸を打つのか…。
 その謎を解くには、ただ表面を見るだけではなく、画面の中に働いている製作者の意図や意思を読み取る必要があります。
 そのやり方、読解の仕方を教えてくれたのが、町山智浩さんの「<映画の見方>がわかる本」でした。
 ただ映画の画面に描かれていることだけでなく、その背景にあるシナリオや企画書、関係者のインタビュー、社会状況などの歴史的文脈を含めて読み取っていく。
 画面に映らないもの、見えないものを見て、面白さや感動の理由を解き明かしていくのです。
 
 特にこの本で興味深いのは、「タクシードライバー」と「ロッキー」についての文章です。
 「タクシードライバー」には、黒人、ユダヤ人、ヒッピー、女性など、当時のアメリカ社会において地位が向上し社会のムーブメントの主流となった人々への憎悪が描かれています。彼らはみんな格好良い服装で楽しそうに人生を謳歌してるのに、白人男性である主人公のトラヴィスは貧しく孤独で、人のぬくもりから切り離されている。そのことへの怒りやコンプレックスが、ますますトラヴィスを追い込んでいく…。
 その怒りが、最後の最後にアイリスという少女売春婦を助けるという目的を得て爆発し、ポン引きの連中を撃ち殺すのです。
 トラヴィスは少女を救ったヒーローと新聞で書かれますが、目には狂気を宿したまま、エンディングを迎えます。
 
 一方で「ロッキー」もまた、黒人に対する憎悪を描いた作品でした。
 トラヴィスと同じく、貧しく孤独な白人ボクサーのロッキー。ひょんなことからボクシングチャンピオンの黒人選手アポロに挑戦することになり、いままでを取り返すように、人生のすべてをかけてチャンピオンとの命がけの戦いに挑む…という筋書きです。
 この作品においてもまた、黒人たちがきらびやかな服を着て自信満々な一方で、白人たちはホームレスやアル中、惨めな労働者ばかりです。
 
 七〇年代前半はブラック・パワーの時代だった。ヒッピーも挫折し、ベトナム戦争には負け、暗澹たる気分の白人を押しのけて、黒人たちは文化のリーダーシップをとった。音楽、ファッション、スポーツ、あらゆる「かっこいいこと」で黒人は白人を圧倒した。その頂点に立つスーパー・スターは、アポロのモデルであるモハメド・アリである。そして、ロッキーは黒人からアメリカン。ヒーローの座を奪い返したのだ。
(「<映画の見方>がわかる本『2001年宇宙の旅』から『未知との遭遇』まで」町山智浩

 

 
 この本で取り上げられている1970年台の映画たちは、みなこのような挫折感や鬱屈を抱えた映画でした。「イージーライダー」は殺されるし、「ダーティーハリー」は保安官バッジを捨てるし、「地獄の黙示録」はまさに地獄のベトナム戦争そのものだったし…
 しかし70年代後半、「ロッキー」や「ジョーズ」「スター・ウォーズ」などの映画を経て、やがて80年台にはマッチョなヒーローが悪を倒して勝利する物語へと回帰していきます。
 映画は大資本による興行となり、作家が己の血を吐き出すような作品ではなくなっていきます。その直前の閃光のような映画たちを紹介し、味わい尽くしているのがこの本なのです。
 
 どんな作品もただ見るだけでは味わい尽くせない、見える物の裏にある見えないものこそが味わい深い。それを教えてくれた本でした。
 お勧めです。
 しかし最近映画見てないです…最後に見たのは「アナと雪の女王」とか、「ガールズアンドパンツァー」「Gのレコンギスタ」くらいで…ってまたアニメばっかだよ!実写見てねえ!
 
 結果として筋肉ヒーローの先駆けになってしまったが、それでもなお『ロッキー』は素晴らしい。なぜなら、「ハリウッド産業の製品」ではなくスタローンという個人の血と魂の叫びだからだ。………
 なによりも、ロッキーが階段を登るシーンの感動は永遠だ。どんなスペクタクルもSFXもCGも、あの階段には及ばない。あの瞬間のスタローン=ロッキーはスターでもヒーローでもない。貯金も仕事も名声もなく、現実に打ちのめされた三十男、僕らと同じ普通の人間だ。スタローンの雄叫びは音楽にかき消されて聞こえないが、言いたいことはわかる。
 「この映画はコケるかもしれない。オレは笑い者になるかもしれない。かまうもんか。オレはやるだけやったんだ!」
(「<映画の見方>がわかる本『2001年宇宙の旅』から『未知との遭遇』まで」町山智浩